昭和52年12月16日 報徳祭
只今、金光四神貫之の君様、いわゆる二代金光様、金光攝胤の君、いわゆる三代金光様、お二柱のお徳に報いるお祭りが、只今仕えさせて頂いたわけでございます。お徳に報いると言うこうしたお祭りが、年々歳々盛大に仕えられるようになると言う事は、そのまま信奉者が増え、又はおかげで助かっておる人達が、多くなっていっておるという印でございますから、まぁ有難いことに間違いはありません。けれども本当に私共が、おかげで今日私がございます。
四神様おかげで九州に、このような道が開かれております。三代金光様おかげで今日の合楽がございますと、今日私がございますと言う内容は、私が今日このように助からせて頂いておりますと言う事なんです。その助からせて頂いておりますと言う事が。御礼の真を現して、こう言うお祭りになってくるわけでございます。だからどうでもやはり本部では、先覚諸氏のお御霊様もご一緒に、いわゆる御大祭が、元は四神様の御大祭と申し上げておったですね。
それが段々変って参りまして、今では先覚のいわゆる、教会長先生方がお隠れになられますと、その御霊様達のお徳にも、御礼を申し上げると言った様な、広い範囲の意味のお祭りになりました。けれどもここではというが、普通一般教会ではやはり、四神様のお祭りと申し上げ、又は三代金光様のお祭り。本当に四神様のご信心がなかったら、桂松平先生もなかったろうし。三代生神金光大神様、金光攝胤の君様が、もしお出でにならなかったら、私の信心もどうなっておったか分からなかった。
ただ金光様の御一言が、私を今日に有らしめておる。私の師匠であります荒巻先代の先生、二代の先生。とにかく置いたものを取るように、おかげを頂いておりましたのが、急に反対のことが次々と起こってまいります。これだけお願いをしよるとに、どういうこっじゃろうかと。親先生もそれを言われる。私も感じておった。御本部の月参りをなさっておられる時に、必ず私もお供させて貰いますから、あるお供をさせて頂いた御本部参拝の折に、親先生から大坪総一郎の、今後の生き方今後のあり方について、御神意をお伺いなさいました。
私は後ろで拝聴しておりました。そしたら暫く御祈念を下さった金光様が、御道の教師としておかげを受けられたら結構ですと言う事です。私はびっくりしました。もう本当にこう修行が厳しくなってまいりますからねぇ。知った方達が大坪さん、あんたも学院行きじゃろと言われろと、ぞうっとしよった。もう金光様の先生てんなんてんと言う。もうどこまでも私はまぁ商いの道しか知りませんから、商いの上でおかげを頂いて、そして大きな御用にでも立たせて頂きたいとは願うておったけれども。
金光様の先生なんて、それこそ夢思わなかった。そこからまぁ様々な事があって十八年間、あの神愛会時代がございます。けれども誰が何と言うても、その十八年間の間をです。金光様の、その御一言があったおかげで、私は、道の信心を取り外さずにすみました様に思うのです。ですから、三代金光様あって、私があり合楽があり、または皆さんがあるという事になりますから。どうでもほんならこのお祭りにはお互いが真を結集して、いよいよ年々歳々もっと有難いお祭りにしていかなければならんのです。
それが私は恩に報いることであり、恩に報いるお祭りの内容だと思うのです。そこで私共が本当に助からなければならない。昨日はちょうど十五日ですから、もうここはてんやわんやしておるところへ、大阪の中近畿の教務所長、それから若い青年教師の方が二人、三人でお参りになられた。先日からちょうど今月の初めに、青年教師の方達が二三人、それから二三ヶ月前に、あちらのやっぱり教務所を通して、青年教師の方が六名でしたか。白神信一郎先生あたりを先頭にお参りになられました。
そして私が言っておる、合楽理念とは、どういう様な事を言うのかと言う事を、聞いて下さりそして私の書いたものやら、ここに、ご本になっているものやらを沢山、それからテープなんかも沢山持って帰られて、でそん時に私の一日を八ミリに収めて帰られました。先日見えたのはある問題をまぁ用件を持って見えられた。それこそ使命を帯びてここへ見えられたわけなんですけれども。そん時に先日からそのここで写しておった、その映画が出来ておる。
それでまぁ九州では、こことそれからあのあそこは何とか言いましたね。あの久原の教会それから山口の田布施、それから岡山の何とか大変、人が助かる教会があります。そこの教会にもおい出られてそれを全部写して、まぁみんな素晴らしいお教会です。それをまぁ見せて頂きましたんですけれども。ここのご信者さんでも、例えば私のまぁ朝の一時というものは、家族の者も知らない者が多いぐらいです。私がここへ三時半に出て参りまして、私の出るところから、ずうっと写してございます。
それでここで朝の御祈念がある。それから私の御理解の模様と言った様なものを、まぁ逐一写して初めてまぁ自分の姿を、その様にして見せて頂きましたんですけれども。そんなわけで非常にその関心を強くなさる。強く合楽に向けておられる。今度は今言うまぁ言うならば、先に見えた先生方の事を、教務所長自らが出て見えて、そしてまぁ色々お話を聞かせてもらい、又はさせて頂いたわけでございました。そして私はあのお話を聞きながら、驚いたんですけれどもね。
私共が気が付かないところに気が付いておられる。先生が説かれるところの、合楽理念と言うのは今日の教団が、どうでもこれを芯にしていかなければ、もう金光教もぎりぎりのもうこれから後ろには下られんと言う所まで行っておる。最近こうして新聞を取って、ご覧になっておられる方は、何時もご覧になるだろと思うのですけれども、もう何時もの新聞にしかもトップ記事に大きく、見出しに金光教はこれで良いのかと。これで良いのかと言った様な、そのそれでこれで良いのかという記事を読んでみます。
そすとほんなこてこれで良かじゃろうかと言う様な記事ですね。まぁ言うなら遊侠の精神をそこに書いておられる訳です。だかほんならその方が言っておられうる事も、ほんならそれで金光教が立ち直るとは思われないような、いあゆる観点が違う。本当の助かりと言う事に繋がらない感じがする。それを私が合楽理念では。合楽理念は助かりの理念だとこういう風に。しかも絶対の合楽理念は、金光教の信心の言うならば完璧の域に入ったとこう言っておる。勿論完璧になったじゃない。
完璧を目指してね。だからこの生き方この道を歩けば、必ず生神金光大神のご信心に、一歩ずつでも接近して近付いていくことが出来る。もう絶対の道だという風に説いておる。その私が絶対絶対という言葉を乱発いたします。それをその昨日見えた所長はじめ、先生方が言っておられるのは、合楽の先生が言われる、絶対の絶対のと言われるのには、非常に楽しみがあるとこう言われる。それはどう言う事かと言うとね、こちらの先生が言われる絶対は。次の絶対のための絶対だとこう言われる。
その方は大変教学の大家で、高橋正雄先生について信心の稽古をなさった方なんです。その高橋正雄という教学の大家でおありになう先生が、もうぎりぎり決着の所を結論をすると、先生が言われる合楽で言われるところと同じになって来るんだと言う事を聞きましてね。ほうそげなことですかと言うて、まぁ聞いたことでした。だから金光様のご信心、例えば人間ですから絶対なんかという言葉は、大体使うちゃならん。絶対てんなんてんあり得ない。けども私は絶対絶対というのを。
それは神様の御働きそのものが絶対なんだ。その神様の御働きが絶対な働きを頂くことの出来れる信心を、私が説いておるわけなんです。まぁほかの先生方から聞かせて貰うて、合楽理念をまた一段と、深く分からせて頂いたような感じが致します。皆さんもご承知のように大阪には、もうそれこそ何万の信者を擁した教会があります。今年は泉尾教会の五十年の記念祭がありました。その記念祭の模様をこの頃、そのあちらから見えた先生方が、写しておられるのを見せて頂きましたが。
それこそ大したことです。三万五千の参拝者があったち。とてもとても合楽辺りが、足元にも寄らない感じであります。そういう大きな教会がしかも何軒もある。玉水さんがあり。阿倍野があり毎月月参りが二列車。二千名の人達が毎月御本部へ月参りをするとこう言う。けれどもね大阪のそういう信心があるんだけれども、もうあれは過去のものだと言う風に、先生方は言っておられるんです。先生が亡くなられたら、もうあれはまた寂れていくに違いはないという風に思うておられる。
なぜそういう風に言われるかと言うと。その助かりの理念がないからだと言っておられます。先生のもうそれこそ誰も真似の出来ないような、いわゆる祈念力と。それこそ有難い勿体ないの権化のような有難い。もうとても真似の出来そうにもないような有難いものを持っておられる先生。もうその先生方ももう阿倍野がもう八十何歳。泉尾はもう七十私よりも、十多いですから七十四歳。ならこちらの先生でも、もう六十四歳になられるから、何時亡くなられるか分からん。
だから合楽の信心のお話を是非一遍、その全てをです。テープにも取っておきたい。話も聞きたい。そしてその理念をもっともっと詳しゅう分かりたい。来年の九月にこれはまだ、決定しておるわけじゃないですけれども、私を迎えてその大講演会が持たれる。そのために八人の委員の方が出来た。その八人の委員の方達が三回に分けて、合楽に三日三日泊りがけで、合楽の信心を研修に来たい。泉尾の先生が仰った。ただ先生の話を一日二日来て貰うて、話を聞いただけで分かることはないて。
本当にその先生の信心を頂きたいならば。そこの信心の言うなら全てを、見たり聞いたりして来いち。そして話を頂け。そして疑問点が起こったら、またお伺いせろと。そういう言うならばつもりで、私はどこへも絶対出らないと言う事に、もうあちらこちらからやっぱりその、お話に来てくれという先生があるけれども。またお話自信もないし、私のような信心を思いますから一つもう、とにかくまぁ話が聞きたいなら、ここへ来てくださいという生き方でしたけれども。
そんなら皆のあちらの先生方が、ここへ来ると言うわけにもいかんから、どうでもという事である。そのためにまぁ繁くここへ通うて見えて、最後にはいわば教務所長までが見えられたわけなんです。そんな訳で昨日は見えたんですけれどもね。ところが私がまた思いと言うのは、どうしてあれだけの人が助かるかと。例えば泉尾でも、阿倍野でも玉水さんでもそうであります。どこにそういう助かりの言うならば、原動力と言った様なものがあるかと言う事を、何時も心のなかに思わせて頂いて。
ある時などは、もうしきりに阿倍野の先生に会いたくてたまらん。もう二十年も前に御本部で、一回お会いした事がある。向こうは知りなさらん。けれどもこっちだけが、その見てはぁ何という素晴らしい教会だろうか、何という素晴らしい先生だろうか。何千人の人をお広間一杯に、連れて参っておられてちょうど、金光様の前に、阿倍野の先生が、それこそ恭しゅう沢山のお初穂を持ってお供えをなさった。それを私共はそこで、こうやって見ておった。
そしてその、阿倍野の先生が先代の金光様ですね、時代ですから。金光様おかげを頂きまして有り難うございますと、御礼の言葉がたったそれだけだった。深々と頭を下げられる。その一言の言葉の中に、もう千万無量とはあれだろう。とてもとても千両役者でも、あげなセリフは言やきるまい。もう本当にその有難いの実感がなからなければ、出らない言葉だと、私はそばにおって感じた。そん時に一緒に私と参っておった、当時の椛目のご信者さん方にちょっと、今の有り難うございますを聞いたかと。
これだけの沢山な信者を擁しておられるのは、あの阿倍野伊藤コウという、女の先生のあの有難いの一言から、これだけの沢山な人が助かったんだ。もう何という素晴らしい、有難いという内容にもう触れることは出来ませんけれどもです。まぁ素晴らしい先生だなと言う事を、私はその時感じて以来先生に対する、道念の心を燃やしておった。いわゆる焦がれておった訳である。そして二十数年後のある朝の御祈念の時に、神様から突然その事を頂いて、私はあちらへ参りました。
そしていよいよ驚いたのは、ちょうどその日があちらの五十年の記念の式年祭があった日でございました。私共は泉南の教会心安うしておられる先生がおられますから、大阪と言われるから、もう近くかと思うとったところがもう、随分遠いところでした。泉南教会という教会に、そら今日はあちらは、五十年の式年祭でてんやわんやしとるから、明日と私が案内するからと言われるので、そこへまぁ泊めさせて頂いて。そういう例えば有難いというものをです。
これはもうそれを人に渡してあげると言う事がない。ほんならこういう有難いというものは、どこから生まれたかどうしてこれが得られたかと言う事をです。説いておられない。ただお願いが足らん、お願いが足らん一生懸命、お願いをしなさいと言われるだけ。
いうならこれがまた泉尾に参りましても同じこと。あちらのご本を時々読ませて頂くんです。それにもう言うておられる事は何時も同じこと。願って願って願い抜けとこう言う。次にはもう。とにかく先日もでした。
あの記念祭の後にそれこそ、三万五千からの信者の一杯おる中を先生がね。紋付袴で中をずうっと通られますもん、お祭りがすんだ後に。そしてもう先生先生と言うて皆が、沢山の手をいちいち握りながら。丁度握手するような形で、御神願有り難うございます、御神願有り難うございますち言うて回られるんです。御神願有り難うございますと言う意味が分からん。昨日来た先生方もです。御神願有り難うございますがですね、分かりまっせんもんねとこう言う訳です。
どう言う事だろうと。御神願有り難うございますと言うて、一人ひとりの手を握って回られる。そして願って願って願い抜くと言われる。金光様のご信心は。甘木などは御礼が七分ですからね。願いが三分という風に言われた。御礼さえ申し上げておけばおかげが頂けれる。お詫びさえすればお詫びが叶えば、神様と交流する事が出来る。願いにおいて神様と交流すりゃ、おかげが受けられるとと同じだという風に、私共も言いまた思うてきた。ところが最近です。
ほんならその阿倍野で言われる有難いとか、または泉尾の教会で言われる、御神願有り難うございます。又は願って願ってという意味が、少し分かりかけたような気がする。最近合楽では願いの信心と言う事が言われる。しかも金光教の独自的な信心で、もう祈りと言うか願いの信心とは、信心の最高峰だという風に、私は言っておる。これはまた合楽理念にもう一ページ書き加えなきゃならないと。
なぜ願いの信心というものが最高峰か。なぜ願って願って願いぬくと言う事が、御神願有り難うございますが、われ鈍物われ鈍物と言う事を連発されます。私のような鈍物を神様がお庇い下さって、願えば願い通りのおかげを下さると言うのが泉尾の信心です。けれどもその意味が分からなかった。昨日帰りがけにもう先生方が帰りますが、泉尾の先生に何かおことづけはないでしょうかち。私がことづけるてんなんてん、そげなまぁだ一面識もない先生ですからね。
ところが向こうは何時も私に、色んなお託があるんです。もう会いたいち。もう今会いたいち。こんな風な言い方をなさるそうです。ここから修行生が五人で、去年はあちらに修行に行きました。私の話をまぁ色々聞かれる。聞きながらもう会いたいち。今会いたいち。今でも、電話かけて来てもらってくれと言わんばかりに仰るそうです。もし私が大阪へ行って、先生ともしこう対面するなら、本当に劇的な対面になるだろうとこう思います。私もやっぱ動燃の心を燃やしておる。
先生のどこからああいう素晴らしい信心が生まれるのであろうかと。それはもう願って願ってであり、同時にわれ鈍物であり一人ひとりの信者氏子に対して、御神願有り難うございますと言う、それがおかげを頂かれる元である。そこで私に井上太郎という先生が、先生その願って願ってという意味は、どういう意味なのでしょうかと。われ鈍物と言う事は、どう言う事なんでしょうかと。一人ひとりに、神願有り難うございますと言われるのは、あれはどういう意味でしょうかと言うてお伺いをした。
したらこうやって、考えておられたけれども、言葉では言われんと仰ったげな。だから大阪界隈の人も、そこに一つの疑問を持っているわけなんです。そこで今日私が、大阪の信心特に阿倍野の先生の信心ではなかろうかという風に思うと言う事を、まぁもちろんそんな浅いものではなかろうけれども、泉尾の先生にまぁ大坪はこんな風に言うたと言うて申し上げてください。今私が話した通りをここで、テープにとってありますから、それを聞いて貰えば良いというわけであります。
なぜ神願が有難いのか、今あなたが難儀をしておる。あなたが今困っておる。けれどもねそれは神様の願いなのだ。あなたに力を与えよう。おなたにおかげを頂かせようお徳もまた、授けようと言う神様の願いが、その難儀の中に込められておるから、神願有難いじゃないかと言う事なんです。神願ありがとうございます、神願有り難うございますという意味が分からなかった。けれどもねそこにあなたが持っておる、その難儀はもうそのままが神願なのだと。
あなたが助かりたいというお徳を受けたいと言う。そのお徳を受けたいならばその神願、お徳を受けたいならば。その難儀を有り難う受けていくと言う事が、神様の願いに応えることになり、あなたが、を受けることになり、お徳を受けることになる。だから神願有り難うございます。で昨日の大阪の先生方も、なるほどあの神願有り難うございますとは、確かにそうでしょうという風に言っておられました。願って願ってと言う事も、私はとにかく今金光教の信心信者信奉者のなかで。
泉尾の先生ほどに天地金乃神様と、一番近いところにおられるのは、私は泉尾の先生だとこう申し上げた。誰でも言葉に出すことは、天地金乃神様とか天地の親神様とか申しますけれども、あまりにも距離があり過ぎる。阿倍野の信心はもう真実親だから、子だから親神様だからの私は氏子だからという、その思いがいよいよその神様と近い。他所の親に甘える訳にはいかんでしょうもん。自分の親だから甘えも出来るんです。他所の子供が来てからこうこやってあぁせからしかち言おうごたる。
けどもそれが本当な子だから、あぁせからしいどころではないかき抱いては、張っとる乳を飲ませたり。はぁ親もこれで楽になった。飲んだ者も腹一杯なったと。同時にです今朝からの御理解じゃないが、人間生身を持っておるから、何時もこう張る弓のように、しゃんとしとる訳にはいけない。信心の油断をするとすぐに後へ戻るぞと仰るが。確かにすぐ戻ると言う事も、神様の願いの中にあるのだと。はぁこの頃はお粗末ご無礼でおかげを落としてる。信心も遠ざかっとる。
これではいけん、これではいけんと思いよる。そこにまた難儀な問題が、起こってくると、そこでしゃんとする。そして今まで出来なかった信心が、ぱぁっとこう飛躍する。頂いては落としまた次に、は飛躍波状方にこう伸びていく。そこが神様の願いでもありゃ、付け目でもあろうように、あろうと言うのが、今朝の御理解でしたよね。自分の子供の中に、例えば悪い事をしたり、人に笑われる様な事をした、子供があると致しましょうか。どうでしょう。
うちのあぁた息子はもう、こげな破廉恥なことをしましたち、言うて回る親があるでしょうか。例えば悪い事をした、ひとまず警察のご厄介、にならにゃんと言うなら、それこそ新聞にでん呼んでいっちょいっちょ、消して回ろうごとあろうと、私は思うです。人が悪口言いよるなら、口を塞ごうごとある。それが親なんです。それが庇う心だと言う事です。だからその泉尾の先生が、われ鈍物と言う事は、恐らく先生も悪いことをしござるじゃろうと思うです。
神様の機感に叶わん様な事、もしよんなはるかも知れんです。けれども、そこにわれ鈍物の、言うなら自覚に立っておられるわけなんです。それを本当に親だから、子だからという、その情念が何時も通うておるから。何時も庇われ通しに庇われてござる。それが有難いそれが、もったいないと言う事になる訳です。親だから庇うのです。子だから甘えも出来るのです。その甘え方が足らん。だからおかばいも受けることが出来ないと言った様な結果になるのです。
大阪の信心が段々言うならば、その理念に基づいて願いの信心に、一つの何かこう通うものが出来たような感じだと、昨日先生方は言っておられました。だから今の話をこんだ大阪に見えたら是非して下さい。もう大阪の者が分からないところはそこなんです。どうして金光様の信心な、御礼ばっかり言うとりゃお詫びばっかり、お詫びに徹するとか御礼を言うとかと言うけれども。玉水の先生が仰りよった。願いの信心が最高じゃ。御礼の信心は必ず行き詰ると仰っておられた。
私はこの最近願いの信心と言う事を、もうことある毎に願うと言うことを。もう為には本当に親様じゃなぁ、親神様じゃなぁと言う実感出来る分かる手立てを作って、いよいよ親子の情を親密にしていく手立てを作らなければいけないとこう言う。ただ願いすりゃ良いと言うのじゃない。ほんに時々どん参ってきて、お願いばっかりして、すみませんち言うごたるお願いじゃいかんのです。神様の心が分かり、親子の情が通うようになって、願わずにはおられん、縋らずにはおられない。
それが段々向上してくると、神の願いを願いとしての願いになってくる訳です。神様が願うておられる様な願いが。言うなら合楽でいう五つの願いなんかというものは、神様のそのままが願いなのだ。体の丈夫を願い。家庭円満を願い。子孫繁盛家繁盛を願いね。真実日々の御用が本当の私用ではない、本当の御用が出来ますように。神様の言うなら御働きを受けての御用が出来るように。
神様の神願御成就のための、神様の手にも足にもならせて頂きたいと言った様な、この五つの願いというものは、そのままが神様が氏子に掛けられておるところの、いや願っておられるところの信心なんです。だからこれは柏手して、御神前に向かうたんべんに、この五つの願いだけは願いなさいよと。神様があぁせからしかとは、決して言われない。その代わりに体の丈夫を願うならば、大酒大食もしてはいけない様な事では願いが願いにならない。家庭円満を本当に願うならば。
もう嫁後んこつどん例えば、悪口どん言いよってから、家庭円満のおかげの頂ける筈はなか。もう夫婦喧嘩どんしよってから、ほんなら家庭円満ばっかり願うたっちゃつまらん。人の足元が分かるのじゃない。先ずは自分自身が助かることの手立てをさせてもらうと言うならば、決して人を責めませんという様な信心が出来て、初めて家庭円満のおかげが頂かれると言う事になる。と言う様にその神様の願いだから私共が願う。
そんならその願わせて頂いておる、その内容というものがよく分かって、願うからには私もこう改まらなければいけん、こうでなからにゃいけんという願う姿勢もま、段々本当な事になってくる訳であります。私共が例えば皆さんが、難儀な問題を持って見えられる時に、神願有り難うございますと、私が言うたら皆さんもはぁこれはほんに、親先生神願でしたねと分からせて頂いたら、それはもう難儀とは言わず、神愛と頂くことが出来るでしょう。痛いけれども有難いと言う事が出来るでしょう。
昨日のお話の中に「暖冬や、火葬場までの磯伝い」という句に基づいての御理解でした。暖冬と言うのは、今年のようにこの暖かい冬と言う事なんです。暖冬や火葬場までの磯伝い。ほんに温うして結構ですのち、あっははけれどもそれではね、いうならば麦作なら麦作も出来ないでしょう。ほらもう今年の夏はもう涼しゅうして良かですのと。そげなこっじゃ田んぼが出来ません。夏にはやっぱり暑うなからにゃいけん。冬にはやっぱり寒うなからにゃいけん。
それを私共は何時も春のような、秋のようなであれば、そら良かろうごとあるけれどもそうではない。信心の有難いというのは、はぁ暑くもなからなければ、寒くもないから有難い。暑さの中に汗だくにして行かして頂くむこうに、それこそ爽快な若い人がリュックサックを担いで夏山に挑むと言う様な、私はそれが信心の有り難い、信心が楽しいのだと言う事だと思う。冬でもね寒い寒いというて凍えておるのではなくてです、一生懸命働かせて頂いたら一枚一枚着物をはいでいこうごとある。
その暖かさこそが真の暖かさであり、それが言うならば信心で言う真に有難いと言うのはそういうのだ。自分の思うようになると言う事だけが決して有り難いのではない。思う様になったりならなかったり、商売人が儲かったりいわば損をしたり、お百姓さんが豊作であったり、今年は不出来であったり、もう今年は肥料代も出らじゃったという様なこともあって良い。あらなければならない。でなかったら私が言う信心というものは、有難い勿体ない、そして愉快なものだと言う様な事になってこない。
私が合楽理念の中にもお話してますようにね。信心は本当に有難い勿体ないだけではない。それこそ実に愉快な日々が過ごして行けれるんだと。ところが愉快という意味が分からなかった。どうして信心が愉快じゃろうかと思いよった。昨日一昨日ある方が、ここで始めてもう本当に親先生、信心が愉快なもんだと言う事が分かったち言う。もう久し振りで夫婦喧嘩しました。もう久し振りで腹が立ちました。
久し振りでもう黙って治めると言うことを信条にしておったけれども、ここだけは一言言うとかんならんと思うたのが、爆発の元になってまぁ喧嘩になった。ところが先生もうそれを爆発した途端に、神様相すみませんと言うてお詫びをさせて頂いて、どうぞ良い雰囲気が生まれますようにと言うて、御神前でお願いをさせて頂いた。そしてもう夕食の時分でしたから、夕食の用意をしよったら、もうそれこそその今喧嘩した夫婦がね。もう腹を抱えて笑わなければならない様な事が起こった。
しかもちょいと止めようと思うたっちゃ、笑いが止まらんくらいに、そのちょっと神様のご演出と言うものは、それは素晴らしい事です。私共のようなとにかく夫婦喧嘩は犬をも食わんと言うけれども。神様は夫婦喧嘩は犬も食わんものでも食うて下さって、そこにもうそれこそ不思議な不思議な働きが、そのテーブルの上にでも起きてくるわけなんです。だから時々にはやっぱ、夫婦喧嘩もせにゃいかん訳です。はっははそりけん二日も三日ももの言わんち言う様なこつがあっちゃならん訳です。
もうこれだけ頂いておるのですから。もう直ぐ。その次の瞬間には神様にお詫びをする。言うならば手立てが出来るくらいな信心でなからなければ、勿論いけない訳ですね。そすとそこにはもう、なんとも言いようのない様な働きが起こってくるんです。なるほど信心は愉快なものだ。最近の御道の新聞にその一面記事の所で、大きく金光教の信心はこれで良いのか。これで良いのかと言う、最近はそう言う事ばっかり。ほらもう他所あたりの、例えば創価学会あたりの新聞をこの頃見ましたがね。
もう生々しいそれこそ、医者の助からんと言ってた病人が助かったとか。もう不思議な働きのそのおかげ話が、一杯載ってるです。そしてその次にはですもうそれこそ、お釈迦様の説かれた教典が、もう本当に非常にもうそれこそ、素晴らしいその教理がね、誰にでも分かるように説いてあるのが、もう記事に一杯なんです。金光様の言うならば新聞が、十日に一遍の新聞が出ますけれども、金光教はこれで良いのか。この頃まで五十万と言いよったが、もう三十万になったじゃないか。
この頃はもう二十万になったじゃないか。実際は十万しかなかぞと言う様な事が、平気でその新聞紙上を賑あわせておると言う事は、実に悲しい事だと思うですね。そこでですほんなら決してほんなら本部当局でもです。金光教が寂れればよいがと言うごたる教官も居らなければ、偉い先生ももう皆どうかして、言うなら今日の金光教のいうならば行き詰まりとか、曲がり角とかと言われるそれを何とか突破したい。これではいけんからどうとか、信心の人が助かる事の為の、言うなら最近祈願紙ですかが出来ました。
それこそ実意丁寧愛の心をもって、人に伝えて行けと言う事になってきた。しかもそれは天地書附を基軸にしてだと言う事になってきた。ところが天地書附が基軸でない。実意丁寧が言うならば離れておる。愛の心どころではない本当の愛の心というものを、極めようともせず。本当の実意丁寧とはと言う事も、自分で分かりもせず如何に、言ったところでやっぱり始まらない。私は今度の新聞のある先生が、大きく書いておられます。金光教の信心はこれで良いのかと。
私はそれが非常に気になった。しかもそう言う事ばっかりが、その出てくる。しかも偉い先生が書いておられますから、気になったからその夜の御祈念の時に、その事を神様にお届けをさせて頂いておりました。そしたら神様からね頂きますことが、あの男の方が着るですね。あのトックリです。ジャケットのトックリち言う。こう丸うなった奴。あのジャケットをこうやって、脱いでおるところを頂くんです。ところが穴が細かもんじゃから、首が引っかかって脱げんなおる。
手もまぁだ本当は脱げとらん。それでだからこうやって、そのシャツをかぶったままこう検討の形をして、こうやりよりなさるところを頂くんです。だからその検討のような形と言う事は、それこそ先日から本部の偉い先生が、ここへ尋ねて見えられました。どうですかこの頃御本部の景気はと、私が申しましたら。もう言うならば右往左往しておるだけです。もう毎日毎日会議から会議ですとこう言う。どういう信心させてもらうたら、もう会議から会議に追われておる。
百年祭はもう間近に迫ってきよる。御取次ぎ成就信心生活運動に参画させてもらう。そういう新運動が展開しておるのにも関わらず。信心の言うならば勢いというか、人が助かるという方向になっていかない。もう金光教の信心でもしスローガンが。ほんなら御取次ぎ成就信心生活運動に参画すると言う。御取次ぎの働きがね。成就していくと言う事、こんな素晴らしいスローガンはないと思うです。そういう絶対のスローガンを掲げながらです。何故金光教が増えていかんのか。
新たな活動を、起すことが出来ないのかと。それを私が頂くところによると、ジャケットを脱ぎかけておるけれども、首に引っかかったりしてそのままで、こうやって、メクラ滅法で、検討をしておる訳です。検討と言う事は一つの問題を、検討すると言うでしょう。どうしたならばと言う検討は、もう盛んにやっているです。昨日も先生方今の話をしたんです。もうまったく神様の知恵をもって、頂かなきゃ分りませんですねと言うて、感心して帰られた。
それで今日は一晩泊まって、明日大祭でも頂いて帰ってくださいと私が申しましたら。いいえ今日のうちに御本部に着いて、そして明日はまた、これが始まりますからち言うです。はっはは(一同笑い)もう表で大笑いしたことでした。はいまぁ私の言う事が、このくらい早く分って貰うなら、有り難いなぁとこう思うんです。だからねもう絶対のもの。これなら間違いがないと言うものを、ここに置いてそしてそれを検討していくと言うのなら良いけれども。
いうならメクラ滅法の言うなら、事柄を如何に検討したところで、良い答えは出てこないと言う事なんです。私は今度あちらの御本部の報徳祭にお参りをさせて貰うて、大変嬉しいと思うて帰ってきた。と言うのはあちらでパンフレットを頂きましたでしょう。皆さんも頂かれた。こら本当に金光教がね。こらいよいよ助かる手立てが出来てきよると私は思うた。今までのパンフレットは何かこういわゆる、助かりに繋がらない記事で一杯だった。今度は二つの例話が載っておる。
その二つの例話がです。言うならこれは合楽の私の話を下敷きにして、書かれたんじゃなかろうかと思う様な記事が載っておった。私は嬉しかった。だから帰ったらすぐ月次祭ですから、月次祭でその事を皆にも聞いてもらった。そしてあのパンフレットがあるならば、ちっとばかり送ってくれと言うて、御本部に言うてやったら、丁度ここで佐田先生が、今あちらの本部へ勤めておりますから、ここの佐田先生の弟が。
ほんなら沢山余っとるから、千部ばかり送りましょうとまぁ言うてくれましたから、送ってくるでしょう。だからお参りしてなかった方はまぁそれを一遍見て下さい。もう皆さんが合楽でお話を頂いておるようなお話が出ております。いや助かるところの話が出てるんです。はぁなるほどと皆さんが、なるほどを感じてそれを実行に移されるならば、もうそこから助かっていけれる。金光様のご信心教えの全てがです。お徳を受けることに繋がらなければ、おかげの頂けることに繋がらなければ。
ただ詳しゅうなって分かったと言う事では、言うなら何にもならんと。高橋正雄先生がそれこそ命を懸けて説かれたところの、教学にです合楽の信心が血に肉になって通う時に、初めて本当の助かりと言う事になってくるんだという風に、これは昨日の先生方は言っておられます。どう言う事が書いてあったかというと。ある先生がと書いてありました。ご普請が思い立たれた。ところがご普請を前にして、先生が亡くなられた。そこで総代幹部それに携わっておった、委員の方達がです。
もう先生がおられんならば、とてもどうなるか分からんから、自分達じゃ務まらんと言うて総辞職をした。そこでその奥様であるところの先生が、本当に御教えに金の杖をつけば曲がる、木や竹は折れる。神を杖につけば楽じゃという御教えを頂きながら、知っておりながら。やはり頼りになる信者が居るもんだから、頼っておったことに気がついて。もう神様信者には頼りませんと腹を決めた。
そして神様一心におすがりをさせて頂いておったら、計画通りそれこそ一銭の借金もせずに、立派にお宮が出来たと言うお話であった。人は頼りにはならん。ものは頼りにはならん。ほんなら自分の腕だけでもというけども、自分の腕だって頼りにはならん。中風になったらもうどんこんいかんじゃないか。私はもうほかんもんな何を言うけど。私はもう健康だけはもう誰でも自信があるから。と言うとってもあぁた交通事故で、ころっと亡くなったりする人がある。
だからあぁた当てになるものはなかて。だからそれを知っておるだけではなくて、何かの機会にです。本当にあれに頼りこれに縋りするのじゃない。神を杖につけば楽じゃという体験をさせて頂かなければいけない。また次の例話には、その娘さんが書いておられるですね。私の母は。御道の教師を志させてこの方一緒に過ごしておりますけれども、一遍でも悔み事を聞いた事がない。一切を有難い有難いで受けていきます。しかもその有難いというのが。諦めの進めでもないと書いておられます。
もう大難は小難と思えばあんた、有難かじゃんのと言う様なもんじゃないと言う事。又は物は思いよう取りようというものでもないと書いておられますね。もうものは取りようですばい。それこそ教祖様のお子さんが、二人のお子さんが病気をされた。そして一人が亡くなられた。そん時に金光様は本当に一人が亡くなったのは、私の不調法。助けて頂いたのは、神様あなたのおかげと当時の、その御礼のお祭りをして、神主さんに米一俵。何々がしのその御礼を包んで、あの御礼のお祭りをなさっておられます。
これは如何にもね、その二人共一緒にどん亡くなるなら、どんこん出来なかったけれどもと言った様なものでもなくてです。そこにはっきり思い訳が出来ておられる。これは親の不行き届き。これは私の力じゃない、神様のおかげで助かったとして、御礼のお祭りが出来るところまで、心が高められておられたと言う事が分かります。いやそのお話の中にもです。ほんならどう言う事かと言うと。諦めの進めでもなからなければ、ものは思いよう取りようだと言うのでもない。
そういう消極的なものではない。その中に神愛ありと知っておったと言う事である。いうなら泉尾の先生に言うと。もう即神願有り難うございますで、受けていかれたと言う事になるのです。という二つのお話が出てました。こら金光教もこういうお話が。これは沢山の信者に与えることじゃなくて、教授信者皆がこの信心を、金光教の信心の基盤として。この生き方をもってするならば、金光教は必ず生き生きとした働きが起こってくると、私は思いました。
お互い助かりたい。助かりたいならばいうならば、助かりの手立てを作らなければいけない。しかもここにくれば絶対の理念がある。絶対の道がある。その絶対の道をマスターしてね。それを私共がしかも有り難う、楽しゅうしかもたまには愉快にです。夫婦喧嘩もしながら。なるほど信心とは楽しいものだなぁ、愉快なものだなというところまで、私共が信心が自分の生活と一つになった信心をさせて頂いた時に、あなたはもうすでに助かったと言う事が言えるのじゃないだろうか。そういう助かりを得て。
例えば報徳の御祭りと言う事になったら、どの様に諸先覚の先生方は勿論私共ですら三代金光様が、又は九州の大恩人である四神金光様がお喜び下さる事か分かりません。そういう私は間違いなく喜んで頂けれる信心を、いよいよ身に付けておかげを頂きたいと思います。いよいよ今年もあと僅かになりました。私がこの報徳祭の事について。十二月に入った途端に今月もいや今月じゃないですね。今年もどうぞ年末の締めくくりが、どうぞ具合よう出来ますようにというお願いは幾らもあった。
その中に何人かの人がもうあの十六日の報徳祭は、どうぞ万事よろしゅうと言うお願いがあって、毎日お届けをなさる方が、何人かがあった。だからもうあんたんところは、もう今年の年末は大丈夫ばいと、私が申しました。それだけのゆとりと、それだけの願いが出来れたらです。もうあなたの事貴方のうちの事は、もう神様が引き受けて下さる。氏子が神の用を足せば氏子の用は神が足してやるとおっしゃるが、その私共が実証者にならなければならない。
私は昨日先生方に申しましたけれどもです。教祖金光大神が一言でも、嘘を仰ってはいない。オーバーなことは仰ってはいない。なるほど教祖金光大神様が教えられた通りのおかげが受けられると言う。一人ひとりがその実証者にならせて頂くために。言うならばあぁでもなかろうかこうでもなかろうかと言わずに、本気で合楽理念とはという信心を、マスターしてそれを一つずつでも自分のものにして行く事。これはもう絶対の道なのですから。迷わず一つ疑わずこの合楽理念の。
言うならば行者にならせて頂くおかげを頂き。または願わなければならんと思うのでございます。金光様のご信心は沢山色々ありますけれども、それこそ言うならメクラ滅法に検討しとるという話を聞いて、助かる筈がありません。また自分達もメクラ滅法でこうこせんならん。だから先ずは脱皮が必要なんです。今の所の一つ頭の切り替えをせにゃいけん。どういう風に切り替えるかと。言うなら合楽理念に基づいての信心生活が出来なければならないと言う事になるのじゃないでしょうかね。
どうぞ。